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日産が、ルノーから六四〇〇億円の資本を受け入れ、その軍門に下ることを知った元社長の石原俊が、歯ぎしりしながら怒りをぶちまけたときの言葉として広く知れ渡った話である。
すでに九十歳という高齢で少しくらいは判断力が鈍ったかもしれないが、それにしても自らが犯した過ちに全く気付いていない発言だ。
そのような総帥を仰いだ部下たちは本当に気の毒であったとしか言いようがない。
「叙勲制度って、ありゃ一体なんなんだ」そう吐き捨てるように言ったのは、かつての石原の部下である。
石原は財界活動の貢献度が認められ、勲一等旭日大綬章を受け取っている。
幸いにもゴーンはフランス人だ。
異文化の中で育った人間が、日本固有の財界活動などに間違っても首を突っこむようなことはしないだろう。
おそらくそこに名をつらねる人物たちの平均年齢を聞くだけで、彼は逃げ出していくにちがいない。
だいいちゴーンにそんな暇と余裕が生まれた時は、彼はきっとどこかで倒れかかった別の会社の再建請負人として転出しているだろう。
それがどこの国の会社になるか、彼は経営のプロフェッショナルとして世界じゅうから去就が注目されているのである。
ただし現在は日産リバイバルはまだ道半ばである。
日産が完全復活するまではゴーンが改革の手をゆるめることはないだろう。
なにしろセブンーイレブンのあだ名が示すように、朝七時から夜の十一時までは仕事の鬼になって没頭している。
今のゴーンからは、外国人というより日本人になりきっているような印象さえ伝わる。
二〇〇一年の「ベストーファーザー・イェローリボン賞」というのを、経済財政担当大臣・竹中平蔵、棋士羽生善治ら五人の中に混じって受賞してもなんら違和感がない。
わけのわからない勲章より、こちらのほうがよほどカッコよくてほほ笑ましい。
野望から失望へ変わった救済合併天下国家を論じる気風があっただけに、日産は中央省庁や政治への影響力という点でもトヨタより上であった。
トヨタがひっこみ思案型で中央にでてきたがらないこともあったが、日産は別名「銀座通産省」を地でいくように中央の政・官とも太いパイプで結ばれていた。
一九六六年といえば大不況の直後である。
山一証券に対する日銀特融、山陽特殊鋼の倒産などがあったころ、実はプリンス自動車も青息吐息であった。
当時、ブリヂストンタイヤの傘下にあったプリンスは、技術的には秀れたクルマを造っていても、業績のほうは泥沼から抜け出せない状況であった。
さすがの名事業家石橋正二郎もこれには手を焼き、トヨタの会長であった石田退三に会って救済を申し入れた。
話の内容は救済合併してくれというものである。
それに対してトヨタは、プリンスープランドが加わればシェアが五〇%を超えるため、公取委が独占禁止法に基づいて認めるはずがないという理由で断った。
ただしそれは表向きの理由であり、プリンスの財務内容がかなり劣悪であるのをトヨタが見抜いていたのではないかという説もある。
巨額の含み損や負債は、クルマを造るプリンス自工ではなく、メーカーとディーラヽIをつなぐディストリビューターのプリンス自販が、ブラックボックスの役目をしてそこに隠されていた。
「トヨタが引き受けないのなら、そのときは他のメーカーへ持ちこむしかない」そういう石橋にトヨタは、結果的には、「お好きにどうぞ」で、この話から逃げたかっこうだ。
それから一年ちかく、オーナーの石橋とメインの住友銀行は秘策を練った。
とくにトヨタ、日産という二大メーカーと取引のない住銀からすれば、取引のきっかけができるかもしれないこの美味しい話をみすみす逃がすわけにはいかない。
最終的に住銀は日産のメインである興銀の中山素平を口説き、業界再編の必要性を唱えて時の通産大臣桜内義雄を担ぎ出すことに成功する。
この合併に通産省が異を唱える理由はなかっただろうが、オーナーの石橋にすれば、いざとなれば政界へのコネもある。
石橋の愛娘が鳩山由紀夫、邦夫兄弟の実母である。
つまり元外相・威一郎の妻である。
日産の川又克二がこの合併申し入れに対し、ダボハゼのようにすぐとびついたわけではない。
申し入れから調印までにはかなり長い時間をかけて検討している。
しかしプリンス自販の中のブラックボックスの蓋をこじあけ、中までよく調べたかといえば必ずしもそうとは言いきれないものがある。
日産のまだ専務であった石原俊が、あとでプリンス自販の社長となり、この会社を清算するまでに労したエネルギーのロスは予想以上に大きかった。
プリンス自販の解体に費やしたロスが、少なくとも日産本体の足をひっぱったのは開違いのないことである。
プリンスを吸収することでトヨタを追撃、場合によっては逆転の手がかりにしたいという川又の野望をかき立てたものの一つに、通産大臣までが動いた政府の後押しがあったのはまぎれもない事実である。
それと興銀、住銀という大銀行の無節操な足し算だけの論理もその一つだろう。
だが川又の野望はやがて失望へと変わっていく。
日産がプリンス自販の大掃除に手間取っている間に、トヨタとの差がみるみる開いていったのはすでに述べた通りである。
北米事業の大失敗世間では日産を斜陽に導いた重罪人の一人として、元自動車労連会長の塩路一郎を槍玉にあげる人が多い。
私もそれを否定するものではないが、斜陽の原因の大部分は経営側にあるのは言うまでもない。
たしかに塩路の組合運動のやり方には間違いが多かった。
常軌を逸脱し、分をわきまえなかったことで世間からひんしゅくを買うようになったのも、これすべて自己責任である。
人間には誰でも「立場」「身のほど」「分際」というものがある。
それがわからなくなった時に人は「増長している」と見る。
天皇、法皇、独裁者、労働貴族などという呼ばれ方が危険なものであり、何か事が起こればバケの皮が剥がされ、偶像として墜ちるものだという歴史の教訓はいくらもある。
はたから見てそれさえわからなかったのかと言いたくなるが、そこがいったん権勢を握った人間の哀しい性といえようか。
塩路はあまりにもやり過ぎた。分相応がわからなくなってしまっていた。だいたい取り巻き連中もいけなかった。ヨイショをするような者だけが固いガードで取り囲んでいた。しかし塩路は多くの正論も吐いてきた。
晩節には彼の私生活やアバンチュールをめぐる話題で写真週刊誌の餌食にされたりして名を汚しだけれど、会社のあるべき方向を見きわめる彼の目はけっして節穴ではなかった。
国際的な労働運動家として人脈が広かったこともあり、情報収集の量は多く、内容の確度も極めて高かった。
石原社長時代、塩路は石原の脈絡なき海外進出の多くに真っ向から反対した。
その主なものをあげれば次のような事があった。
マンスフィールド駐日大使の発言をきっかけに、日米間に自動車貿易摩擦の問題がいっきに噴き出し、やがてそれが両国の大きな政治問題へと発展する。
このとき塩路は全米自動車労組(UAW)とも正面から渡り合い、石原に米国工場で乗用車の生産をするよう具申した。
しかし石原はそれに耳を貸さず、全米で好評を博した小型のダットサントラックを増産することでお茶を濁す策を変えようとはしなかった。
この時の判断ミスがその後の日産にどれだけの不利益を与えたか、近年、トヨタと本田が北米で高収益を上げてきた実績と比べたらすぐにわかる。
米国の土を最初に踏んだのは日産なのだが、この時の失敗のツケが今になって日産を苦しめている。

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